うつと闘う社会人

現役うつの社会人のブログです。

生きてることが辛いなら

生きてることが辛いなら

いっそ小さく死ねばいい

恋人と親は悲しむが

三日と経てば元通り

気が付きゃみんな年取って

同じとこに行くのだから

 

名曲だなと思います。賛否両論あるみたいだけど、全歌詞を見ればわかる、理解力がない人が勝手に勘違いしているだけでとても励まされる曲だと思う。

 

本当に心が弱った時そっと寄り添う事が何よりの励みなんです、言葉も要らない。ただ居てくれるそれだけで気持ちは違うものです。

 

自分は残念ながら身近な人がそういう人がおらず、めっちゃ根掘り葉掘り聞いてくる、疎遠、寄り添い方が申し訳ないけど求めてるのと違う。そんな感じで結局面倒になり諦める。忘れてくれ全部という意味を隠して「大丈夫」と適当に乗り越える(その場のみ)

勿論自分自身は乗り越えられてる訳では無い、ゴリッゴリに磨り減った感情を、余計に減らしたくないからそっと周りにガードをはってしまう。

 

そういう生き方をしてきたからこそ、ただそばに居てくれる、いつも通りに接してくれる、そんな人はかけがえのない存在なのです。

変わらないことこそ安心を与えてくれるもので、勿論話聞いてって人もいるのかも知れません、その人々それぞれの考え方や感じ方があるからこそ、相手がどうしたらいいのかを見抜くのは難しいのかもしれません。

 

今日は仕事中、親子が遊びに来ていて、日曜日の夕方から夜まで、仕事が休みなのかもしれない小学生の子と遊びにお母さんが来ていた様子をみて、なんだか情緒が壊れてしまいました。

片親なのかなとか、勝手な妄想かもしれませんが、自分の幼い頃を思い出してしまい、母への感謝と自分の情けなさで泣きながら一人掃除をしました。

 

私は本当にどうしようもない子どもとして育ってしまった、懸命に育ててくれた親に顔向け出来ない行為ばかりの人生で本当に悲しくなった。

今更そんなことに気付いたのかと、遅すぎるけど視野がとても狭いんです。その日その日生きるのがやっとで考えもしなかった。いや、目を背けていたのかもしれない。

 

万が一の時の為に母へ残す手紙を仕事から帰ってきてから書きました。

母にあげようとずっと前から用意しているプレゼントと共に。

あげたくてもあげれないんです。私の行いのせいで。

 

もし死んだら、もしくは、今の状況が変われば、その時にはきちんとお渡ししたいな。

 

難しいです、生きるのも生活もみんな。