症状の始まり。
中学生になって、仲良くなった友達グループごといじめの対象になった。
障害のある子が同じグループにいた事で全員が対象となった。みんな仲は本当に良かったから友達として未だに続いているが、その頃から自分の中で限界を迎えていたのか躁状態になった。
何をやっても笑いが止まらなくなった。私の笑い声がどこまでも響き渡る。
当時病気とも気付かず、ただ、なんかテンションが高くて止まらないという位の認識だった。
今思えば完全に躁病の症状だなと分かるようになったのは20歳前後位の頃だった。
笑いが止まらなくて授業を潰してしまったこともあった。とにかく笑っていた。
中2の頃に最愛だった愛犬のポポが亡くなった。
乗り越えるのは辛かったが友達がいてくれたお陰で立ち直ることが出来た。
中3になり、父親と父方の家族に急に会うことになった。
私が家電にかかってきた電話で会うことを勝手に決めた。
母は激怒したが、私にとっては父親には変わりはなかったから会いたいと思うのはごく自然な事だと思う。
父親は養育費を途中から全く払わなくなったから母は掛け持ちで仕事をする事になったため、恨みが募っていたのは仕方が無いとは思う。
母親には大金積まれてたら絶対全部持ってこい、でもお前がした事は母方の祖父母を悲しませる行為だからなと謎の脅しを受けた。
正直これに関しては母の言い訳に過ぎず、母方の祖父母は別にそんな事を責めたりする小さい人間ではないから当時から未だに納得はいっていない。笑
母からの圧と、数年ぶりに会うことで緊張で震えながら会いに行った記憶がある。
しかし、実際会ったら父はなんか当時より大分変なおっさん度が上がっていて正直ちょっと引いた。
大金貰えるのかと思ったら5000円くれただけだった。肩透かし感が半端なかった。
高校に入るからパソコンを買ってあげるだとかゲームをあげるだとか色んな言葉を並べていたけど結局全て嘘だった。
それ以来父にも幻滅しなんか会いたいとかもどうでも良くなってそれから一切何処にいるのか、生きているのかさえ知らない。
中学を卒業した頃には笑いが止まらないこともなくなった。
高校生になり、仲の良かった友達とは全員離れてしまった。
高校で小学校時代の同級生と同じになって結局いじめのスタートだった。
高校1年ではマトモに友達もいないまま過ぎた。
その頃くらいから軽いうつ状態になっていた。
高校2年からアルバイトをしながら学校に通った。
補習、追試ギリギリまで休むことも増えた。
友達は出来たが心の底から信頼出来る友達は今は居ない状態。
高校3年にもなるといじめはだいぶ少なくなった。
それでも全く無かった訳では無いが、相手にしない事で周りも面白くないと気付き始めたようだ。
子どもの頃から親の顔色を伺いながら育ってきたのと、大人とかと関わる方が多かったから周りよりは精神面で成長していたのもあり、子どもじみた行為がくだらないと思っていたのでいじめにあってもガキなんだなって思っていた。
そんな態度が気に入らない人も居たが、一切相手にしなかった。
軽うつ状態でも病院に行くつもりも特になく、中学の仲のいい同級生が中退してうつ状態になってバイトをしたりしていたのでプライベートはその子とつるむ事が増えた。類は友を呼ぶというやつで中学の時仲の良いグループにいたが2人で遊ぶことはほぼ無かったがここにきて急に仲良くなった。
今では大の親友とも言える存在になった。
進学したかったが親が許してくれず家を出る事を許されなかった。
反抗期がなかった分、復讐半分で絶対就職なんてしないと訳の分からない事に腹を立てていた。
アルバイト生活になってしまったのはそのせいだ。
正直今ではめちゃくちゃ後悔している。正社員とかにちゃんとなっておけば良かったと本当に思う。
子供の頃からヴィジュアル系が好きだったので、卒業してからは好き放題した。
派手髪にしたり顔面ピアスまみれにしたり、自分の中の反抗期が遅くなってから爆発した感じだった。
自分が嫌いだから見た目を変えるのが快感だったし、ピアスを開けるのはオシャレな自傷行為だった。